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【コラム】自分を相手にアピールする方法: 3カ国の「ラブ・イズ・ブラインド」から見えてくること

love is blind

アメリカで大ヒットしたのちに、ブラジル版も制作されるなど話題を呼んでいる新感覚婚活リアリティーショー「ラブ・イズ・ブラインド」が日本に上陸、「ラブ・イズ・ブラインド JAPAN」 が Netflixで配信された。

この番組の何が”新感覚”なのか。それは、相手の姿・顔を見ることなく、会話だけで結婚相手を探すという無茶すぎる婚活方法を採用している点だ。「ラブ・イズ・ブラインド」では、24名の男女が、10日間対面することなく、”ポッド”と呼ばれる相手の声だけが聴こえる部屋でデートを重ね、互いの声や言葉を頼りに心が通じ合う相手を探す。見事運命の相手を見つけた参加者達はプロポーズ後、婚約者として初めて対面。婚約後に1ヶ月のバカンス、同棲を経て結婚式に挑む。参加者達はこの結婚式で結婚を本当にするかどうかと選択を迫られる訳だ。

昨今のコロナ禍という社会情勢もあり、出会いの場として台頭してきているのがマッチングアプリ。次々と流れてくる異性のプロフィール写真を見て、わずか1秒ほどの時間でYESかNOを判断する人が多いという。SNSの普及もあってか、時代はますますビジュアル重視の社会になっているのではないだろうか。そんな世の中に一石を投じる形で「まずは心だろ!」を訴えるのがこの「ラブ・イズ・ブラインド」だ

外国で生まれ、日本で育った僕は、見た目は白人だけど中身は関西人。これまでの恋愛では、”外国人っぽさ”を求めていた相手を失望させてきたことが何度もある。きっと外国人であればストレートに愛情を伝えてくれるのではないか、優しくリードしてくれるのではないか、そんな期待をされても僕はそんなことをするのは苦手だ。見た目と中身にギャップがある側の人間として、「愛は本当に盲目なのか」というこの番組のテーマは興味深い。

もしも僕がこの番組に参加して、プロポーズするに至ったら、対面した相手はどんな反応を示すだろうか。「人間は顔じゃない。中身だ。」といった綺麗事を言う人はよくいるけれど、それが果たして本当なのか、実験してみようじゃないかという試みは多くの人の関心を惹きつけるだろう。

愛情表現が曖昧な日本とストレートなアメリカ・ブラジル

この実験を見る中で特に興味深く感じたのは、日本人とアメリカ人の恋愛のアプローチの違い。これまでの「ラブ・イズ・ブラインド」では欧米のストレートで情熱的な恋愛模様を見ることができたが、「ラブ・イズ・ブラインド JAPAN」では、頭脳恋愛のような綿密な恋の駆け引きが繰り広げられた。はっきり言って、アメリカやブラジル版よりも日本版のほうが観るのに何倍も体力を使った。

海外版では表裏のないストレートなオープン質問が飛び交うのに対して、日本版では言葉の裏にどんな意味があるのか、その質問への答えとして正解は何なのかをいちいち考えさせられる。

例えばいきなり「初対面の人との会話、得意なほうですか?」という質問をされたとする。欧米人であれば深く考えずYESかNOを答えるが、日本人の場合は「果たして相手はどんな回答を求めているのだろうか。」あるいは、「質問者が人見知りで誠実であることを共有するためにした質問なのだろうか」などと質問をされた側は正解を考えながら会話をするように見受けられた。

アメリカ版だとそもそもこんな面倒なやり取りをせず、「私は人見知りするタイプなので、リードしてくれる人がいいんだけど、あなたはリードするのが得意?」のように、質問ではなく自分の要求をストレートに提示する。質問をする前にその質問の意図を事前に教えてくれるので話が早いのだ。その分価値観が合わない相手との会話は悲惨なものになるが。

興味深いのはブラジル版。カーニバルやダンスのイメージもあって、自分に自信を持っている人が多いと勝手に想像していたのだが、ブラジル編をみて意外とそうでもないことが分かった。どちらかというと、自分のバックグラウンドやネガティブな点を聞かれる前に告白する人が多かったのだ。自分を大きく見せたりカッコつけるのではなくありのまま受け入れてほしいという受身な一面に気がついた。

自分の要望を提示するアメリカ版、自分をさらけ出してありのまま受け入れてもらおうとするブラジル版、様子を伺い分析をする日本版という感じで、国民性の違いが皆見えるのがこうしたシリーズの面白いところなのかもしれない。

幸せな結婚とは・・・

日本版の特徴として、ほとんどの参加者が相手の職業や肩書を第一の質問に持ってくる点が挙げられる。海外版だと「どこ出身なの?」という育った環境を第一に聞くことが多いのだが、日本では現在何をやっている人なのかをハッキリさせることが最重要とされるようだ。日本の場合、 どんな地域で育ってようがそれほど大きな違いはないが、多民族国家アメリカでは地域や人種に よって考え方や文化、宗教観ですら変わることがあるからこのような違いがあるのかもしれない。「私熱心なキリシタンだけど、あなたの宗教は?」という質問もよくあり、週末の過ごし方を左右するポイントだ。

先にも触れたが、アメリカ、ブラジル版では愛情表現に関する質問もストレートで直球。 「ベッドでのポジションは?」「私は運動が出来ない男性は苦手だけどあなたは運動するの?」「後ろから抱きしめてくれる男らしい人が好き。」「あなたを愛してるわ」このような、言葉が飛び交うのだ。中には相手の話が退屈という理由で何も言わずに席を立ってポッドから出ていく人もいる始末。相手への失礼とかお構いなし。

海外版を見ていると参加者一人一人が「自分が幸せになる」ということを最優先に参加しているのが分かる。異性に嫌われようが、周りに何を思われようが、その質問が自分を幸せにする人に出会うために必要であれば、遠慮はいらないのだ。「私はこういう我儘な一面があるけど、あなたは我慢できるの?」といった感じだ。

一方で日本版では「誰にも嫌われない」ことに重きを置いていた参加者が多いと感じる。自分の”我”や”我儘”を隠しながら、相手の些細な言動からそれを読み解こうとしたり、共通項を探ることを優先する。事なかれ主義・平和主義だ。みている側からすると、もっと思ってることをストレートに言っちゃえよ、とツッコミたくなる。

唯一海外っぽいなと感じたのが、九州出身の男性が「僕は台所は女性の聖域だと思っている」 と発言したシーン。そんなことを言えば女性に嫌われるかもしれないし、周りに何か言われるか もしれない。実際ネットで検索すると「いつの時代に生きてるんだよ」といった批判のコメント も複数あった。確かに、世間体的には「女性が料理をするべき」という考え方は古いし、政治家 が言ったら大炎上するだろう。でも、一個人として「料理の全てをやってくれる女性がタイプだ」という感情を持つことは悪いことなのだろうか?「全ての料理を私に任せて!」という女性と出会いたいのであればそれは本人の自由だ。結婚に求めるもの、価値観は人それぞれだ。自分の求める理想像を伝えることで、真のパートナーが見つかる確率はあがるのではないだろうか。

相手との共通項から幸せを見出していく日本人、自分を主軸に幸せを追い求める海外の人たち。よく、日本と海外の恋愛の違いは何か?といったトピックが話題になることがあるが、「ラブ・イズ・ブラインド」で見比べてみて貰えば一目瞭然だろう。そして個人の価値観において は、お国柄関係なく共通点も見つけられるのではないだろうか。

 ちなみに、僕個人としてはこの恋愛リアリティーショーを見て「やっぱり顔だな」と感じた。なんとなくだけど、優しい性格の持ち主は優しい表情をするし、怒りっぽい人はそんな表情をしているように感じる。僕自身、よく気難しそうな顔だと言われるが、実際気難しいタイプだ。外 見は一番外側についてる内見なのかもしれない。だからと言って見た目で全てを決めてしまってはいけないけれど。

 (文:小原ブラス)


Netflixリアリティシリーズ「ラブ・イズ・ブラインド JAPAN」シーズン1独占配信中。


ピロシキーズ:【究極の選択】一度も顔を見ずに結婚してみたら…

https://youtu.be/Wa2bmVJ6KFw