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映画『キル・ボクスン』ピョン・ソンヒョン監督インタビュー

『キル・ボクスン』:場面写真1

「人殺しは、子育てよりもシンプルよ」ーーーー ”伝説の殺し屋”であり、”シングルマザー”でもあるキル・ボクスンは、「スーパーが閉まる時間だから」と、銃でとどめの一発を撃つ。

チョン・ドヨンが、ドラマ「イルタ・スキャンダル -恋は特訓コースで-」で演じた母親役とは、異なる魅力を見せてくれる映画『キル・ボクスン』は、彼女の新たな代表作になるかもしれない。

俳優の魅力を200%活かした魅力的なキャラクター。迫力に芸術性まで加わったアクションシーン。随所に散りばめられた絶妙なユーモア感覚。中心にある母と娘のストーリー。映画『キル・ボクスン』には、アクション映画好きはもちろん、ブラック・コメディ、ヒューマンドラマ好きをも虜にしてしまう多彩な魅力がある。

本作を手掛けたのは、スタイリッシュで斬新な演出で注目を集める、ピョン・ソンヒョン監督。前作、映画『キングメーカー 大統領を作った男』では、第58回百想芸術大賞の監督賞も受賞し、今、多くの俳優たちから「一緒に作品をやりたい」と渇望される監督の一人だ。

2023年2月、ベルリン国際映画祭の招待上映直前に、ピョン・ソンヒョン監督へ行ったインタビューを紹介しながら、映画『キル・ボクスン』の魅力を掘り下げていく。

2023年2月、ベルリン国際映画祭でのピョン・ソンヒョン監督

復讐がテーマではない、殺し屋の1週間の物語

ピョン監督「この作品は、10代の娘を持つ母親である凄腕の殺し屋を描いた物語です。 娘に自分の人生の詳細について完全には明かしていない彼女は、成長しつつある娘との間にだんだんと距離を感じ始めます。そして、彼女は雇い主との契約を更新する時期を迎えます。この物語は、彼女の人生におけるその1週間のストーリーです。」

『キル・ボクスン』は、チョン・ドヨン演じる伝説の殺し屋のニックネームだ。このタイトルには、ピョン・ソンヒョン監督らしい遊び心が隠されている。

ピョン監督「現代の韓国でボクスンという名前は、昔っぽい古い印象のある名前です。私の両親の時代にも一般的ではありませんでした。実は、韓国の田舎では犬にこの名前を付けることがよくあります。そして、彼女の名字である”Gil (キル)”は実際に韓国にある姓で、”Kill (キル)”とよく似ているので、語呂合わせのような遊び心を込めています。また、私の大好きなタランティーノ監督の映画『キル・ビル』のパロディでもあります。さらに、ボクスンが仲間うちで使っているニックネームでもあります。つまり、いろいろな意味が込められているんです。ポスターの”Kill (キル)”と”Boksoon (ボクスン)”の文字に、ナイフが入っているように見えるのは、殺し屋でありながら母親でもあるボクスンの二面性を表現しています。」

タイトルが生まれた過程も面白い。監督とチョン・ドヨンがカフェで打ち合わせをしていた時、チョン・ドヨンに電話がかかってきて、液晶に表示された「ボクスンおばさん」という名前を見て、監督は直感的にタイトルを決めたのだという。

一方で、映画『キル・ボクスン』の内容は、よくある殺し屋ストーリーとは一線を画す。

ピョン監督「殺し屋とその殺し屋を雇っている組織の物語というのは、映画『ジョン・ウィック』以来、映画ではよく使われる設定です。そのよくある設定の何を変えてみたいか、私たちは皆で考えました。そのひとつが、"復讐をテーマにしたくはない"という考えでした。殺し屋の映画では、特に誰かの娘が登場する場合、必ず娘が誘拐され、その娘を救出するために大きな敵と戦うという最終的な見せ場が描かれますよね。私たちとしては、そういうことはしたくありませんでした。殺し屋ストーリーのありきたりな描写にひねりを加えたいと思ったのです。
「あくまで描きたかったのは母と娘の話」というピョン監督

トップ俳優であり母 チョン・ドヨンから生まれた物語

実は、映画『キル・ボクスン』は、実際に娘を育てる母であり、韓国映画界の”伝説”とも言えるチョン・ドヨン自身から生まれた作品だ。

以前からチョン・ドヨンを「韓国で一番好きな俳優」とし、昔からのファンであることを公言していたピョン監督は、前作を終えた後、ソル・ギョングから、チョン・ドヨンを紹介されたのだという。

過去には夫婦役も演じたチョン・ドヨンとソル・ギョングは本作が3回目の共演
ピョン監督「実は、ドヨンさんが提案してくれた脚本があったのですが、それを断ってしまって...。それから無謀にも、『私が作るものを一緒にやりませんか』と誘ってしまったんです。どんなストーリーにするのかも考えていませんでした。これまでもドヨンさんは、いろんな役柄を演じているけど、『アクションはあまりやっていないのでは?』と考え始めていました。それで、ある日彼女に『僕と一緒にアクション映画をやるのはどうですか?』と聞いたら、ありがたいことに彼女は『良いアイデアだ』と受け入れてくれました。そこで、まずジャンルが確定。そして、アクションということを踏まえて、改めてドヨンさんを観察し始めたんです。なので、彼女のことをキャスティングしたというより、むしろ彼女とともに彼女から物語が始まったという感じです。ドヨンさんには実生活でも娘さんがいて、その娘さんと彼女が実際に交わした会話からヒントを得ました。彼女が女優であり母親であることと、主人公が殺し屋であり母親であることを、意図的に重ね合わせて描いたのです。
殺しの依頼を「作品」と呼び、殺し屋界のトップを走るキル・ボクスン。しかし、彼女にとってトップで居続けることは目標ではない。

2007年、映画『シークレット・サンシャイン』でカンヌ国際映画祭で韓国人女優として初めて主演女優賞を受賞し、俳優としてトップを走り続けてきたチョン・ドヨン自身もまた、「ひたすら自分自身の演技と向き合ってきたからこそ、長い間トップでいられたのだ」とピョン監督は語る。

このように確かな演技力で知られるチョン・ドヨンだが、激しいアクションシーンを伴うキル・ボクスンを演じることは、彼女にとっても新たな挑戦だったという。

ピョン監督「チョン・ドヨンさんにとっては、この作品が初の本格的なアクション映画となります。以前にもアクション映画の経験はありますが、その時は主役ではありませんでした。そして、ご存じのように、彼女はカンヌ国際映画祭での受賞歴があります。極めて才能に恵まれた俳優です。それでもクランクインまでにかなりのトレーニングと準備が必要で、身体も鍛え上げなければなりませんでした。実際の撮影では、代役を使わず、ほとんどのアクションシーンを彼女自身が行うという方法で撮影しました。短いカットを後でつなぎ合わせるような方法ではなく、長回しを多用したため、アクションで少しでも顔が出るようなシーンは、彼女自身がやる必要があったのです。そういったアクションシーンを自らこなすのは、俳優として大きなチャレンジだったのではないかと思います。」
Netflixシリーズ「未成年裁判」で注目を集めたイ・ヨン(左)

「体がボロボロになったとしても、必ずやりきらなければいけない」と自分に強く言い聞かせ、ひたすら練習を繰り返したというチョン・ドヨン。伝説の殺し屋、キル・ボクスンのアクションシーンには、チョン・ドヨンが演技の世界でも”伝説”である理由が現れている。

なお、本作には、ドラマ「イルタ・スキャンダル -恋は特訓コースで-」でチョン・ドヨンが演じたヘンソンの学生時代を演じたイ・ヨンも出演。共にドラマでヘンソン役を演じた二人のアクションシーンも、ドラマファンには見どころの一つになるだろう。

3作連続で出演 ソル・ギョングとピョン監督の深い関係

キル・ボクスンの所属する組織の代表、チャ・ミンギュを演じるのは、ソル・ギョング。

ピョン監督の作品には、映画『名もなき野良犬の輪舞』(2017)。映画『キングメーカー 大統領を作った男』(2022)に続き、3作連続での出演となる。

チャ・ミンギュ役では、また新たな魅力を見せるソル・ギョング

特に、一作目の映画『名もなき野良犬の輪舞』は、ソル・ギョングが演じた強烈なカリスマ中にも人間味が垣間見える悪役が話題となり、映画『ペパーミント・キャンディー』(2000)以来、ソル・ギョングの俳優人生に新たなターニングポイントとなった作品と言われている。

実は映画『キングメーカー 大統領を作った男』で、イ・ソンギュンを監督に紹介したのもソル・ギョングだったそうだが、ピョン監督が冗談交じりに「(ソル・ギョングさんは)私の作品に10本出演するだろう」と発言するほど、二人の仲は格別だ。

ピョン監督「ギョングさんは、一般的には、隣人のような人間味があって、親しみやすいキャラクターを演じることでよく知られています。でも、私の作品では、迫力のあるカリスマ役が多い。"また一緒にやるなら、次は一作目よりさらに汚れた感じの役で"と冗談交じりに話していたんです。」

映画『キル・ボクスン』への出演も、「特にオファーはしなかったが、当然出演してくれるものだと思ってた」と話し、「新作のシナリオができたんだって?」という会話から、自然に出演することになったのだという。

実力派俳優たちがピョン監督を選ぶ理由

「自分の角度を一番良く知っていて、一番かっこよく撮ってくれる監督」ーーー ソル・ギョングもそう話すように、ピョン監督が多くの俳優から選ばれる理由は、作品のスタイリッシュさ以上に、俳優の隠れた魅力を見抜き、作品で新たな一面を引き出す力にある。

ピョン監督「私は、『こんなふうに描こう』と考えるよりも、俳優たちの過去の出演作や、仕事以外のおしゃべりをじっくり観察するのが好きなんです。とにかく私は人を観察するのが好きですね。自然で無防備な状態で、どんな風に笑うか、どんな風に微笑むか、どんなふうに話すか...。そういった側面を作品に取り入れるようにしています。」

自身も子役として演技の経験があるピョン監督は、優れた観察眼に加え、細かな演技指導をすることでも知られている。

個性的なファッションでも注目されるピョン監督だが、実際に会ってみると発言の通り、周りの人の様子を静かに観察し、相手の意図を読み取ろうとする細やかな感性の持ち主であることが伝わってくる。

キム・シア (左)、ピョン・ソンヒョン監督 (中央)、チョン・ドヨン (右)

常に「観客に新しい姿を見せたい」と考える韓国俳優たちにとって、自分自身でも気が付かないような一面を引き出してくれるピョン監督の作品は、自分の俳優人生に新たな1ページを刻んでくれる魅力的な機会だろう。

そんなピョン監督への期待からか、映画『キル・ボクスン』では、チョン・ドヨン、ソル・ギョング以外にも、今、多くの監督たちがキャスティングしたい旬な俳優や、ベテラン俳優たちが多く出演している。そのような出演俳優の豪華さも、見どころの一つだ。

Netflixシリーズ「D.P. -脱走兵追跡官-」以降、業界から大注目のク・ギョファンも出演

緻密に計算されたアクションシーン

「殺し屋ストーリーのありきたりな描写にひねりを加えたい」という、ピョン監督の描く映画『キル・ボクスン』のアクションシーンには、どんなこだわりがあるのだろうか?

芸術的でキャラクターが見えるアクションシーン
ピョン監督「アクションシーンにおいても、アクションの中にドラマを際立たせたいと考えました。というのも、今回一緒に仕事をしたキャスト陣は、この業界で最高の俳優だと個人的には思っているので、その点を存分に生かせると感じたからです。アクション一つひとつにコンセプトを持たせたかったのです。また、アクションシーンではドラマ性とともに、そこに登場する人物のキャラクター性を表現したいとも思いました。色にもこだわりました。ボクスンにはメインテーマとなる色がありますが、それとは別に、"娘をどんな人間に育てたいか"という彼女の視点を表現するための色調もあります。それらの間に明確なコントラストを持たせるようにしました。映像を観てお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、母親としてのボクスンは顔の右側がよく見えるように描き、殺し屋の時は顔の左側を主に見せています。それを実現するためには、カメラワークや振り付けをかなり計算しなければなりませんでした。」
テーマカラー、母の顔、殺し屋の顔の描き方にも注目すると面白い

監督のこの言葉とおり、映画『キル・ボクスン』では、すべてのアクションシーンに明確なテーマ設定が感じられる。

そして、それをイメージ通りに映像化するため、プリプロダクション段階で大量の絵コンテを描き、時間を掛けて準備するのだという。感性を揺さぶる芸術的なシーンの数々は、瞬間的な発想のように見えて、実は緻密に作り上げられたものだ。

スタイリッシュで斬新な演出技法にも目を奪われるが、それはあくまで手段であり、その根底にある俳優やキャラクターを見つめる視点の深さこそが、ピョン監督の作品の魅力なのである。

韓国的な情緒を大事にしながらも、世界的に通じるテーマ設定。 シンプルでありながらインパクトのあるタイトルに、目をひくビジュアル。 しかし、物語の中心はあくまで「人」。

映画『キル・ボクスン』には、近年、世界的にヒットした韓国作品と共通する要素がある。

すでに2月のベルリン国際映画祭でも、現地評論家と観客から爆発的な反応を得ており、ついにピョン監督の作品が、世界の視聴者の心を掴むのではないかと期待せずにはいられない。

文:Misa